古いお雛様を、かつては旧暦の三月三日、すなわち四月に飾っていました。大菅さんのおうちで飾るのは江戸期の由緒正しいもの。「館」を建てるのにも相当な時間がかかります。
さてそれがどんなお雛様か、お話に耳を傾けてみましょう。
(昔のお雛様:3分49秒)
— 普通のお宅はですね、三月三日の桃の節句ですか、を境にですね、もうお雛さんは全部しまわれるわけですが、大菅さんのお宅は、今日からが始まりと
わたしのうちは昔から旧の節句ということで、四月ですか、それに昔から菜種の花が咲いたり桃の花が咲いたり、まぁ桃の節句ていいますわね、その桃の花の咲く時分ということで旧の桃の節句、三月三日ということ基準に合わして、いつも四月に飾っておるわけなんでございます。
— これから一ヶ月ほど、部屋を賑わすと
はい、そうです、毎年そゆことやってございます。まぁ、この館、普通のお雛さんと違いまして寝殿造りのお雛様ですので、建てるのに3時間4時間の時間がいりますので、毎年建てるのが大変ですので、こうゆうふうに飾らん年もあるわけなんですけど。
— 大変珍しいお雛さんなんですけど、もう250年前からあるだろうというようなことなんですね
ええ、だいたい寛政年間であろうというようなことで、だいたい今から200年そこそこ前の品もんだろうということで。箱書きにも寛政というようなこと書いてるんですけども。このお雛さんの垂木鼻とか、また欄間あたりに十六菊のですね紋が全部打ち込まれてるということは、武家政治の時分、紋は自由だったということきいておりますので。明治時代以後になってきますと十六菊が民間で使われないと、使ってはいけないということでございましたんですけども、この十六菊が使用されているということは、やはり武家政治、江戸時代、その時分の作だろうというようなこときいておるんですけど。
— そういう古いものであるがために旧暦の桃の節句を大事にしたいということなんですか?
まぁそういうようなことで、わたしの家では昔からそういうふうになっているわけなんです。
— いまいわれたお雛さんなんですけれども、館がちょうど二つありまして、この館を組むだけでも大変ひと苦労と。いま言われました3時間ぐらいかかる、と。
はい、かかるんです。この柱一本一本立てていきまして、御簾なんかも、また欄間なんかも、畳を敷いたり襖はめたりしていきますので、やはり館たてるだけでも2時間半から3時間ぐらいかかってまいります。
— その館の中の屏風とかにも凝った色彩の絵が描かれてるわけですね
はい、だいたいこれまぁ御前雛って言いまして、京都の寝殿造りですね、御殿の寝殿造り、それを模倣してるもんだときいてるんですが。だからこゆふうに屏風とかそういうものに綺麗なね、屏風がはまっているんですが。天井も見ていただいたらわかりますように格天になっておりまして、それにこう絵がですね描かれておるんですけども。
— はぁ、なるほどねぇ。こう触られるのも、よっぽど注意して…
はい、古いもんですので、もう痛みがきておりますのでね、十分注意してやらんと、こう剥がれてきたり壊したりしたら大変ですのでね、細心の注意をはらって組み立てておるんですけど。なんせ古いもんですので、ほんとに気ぃつかいます。
— これがまだ途中なんですけど、お雛さんみんな飾ってしまうと畳三枚ぐらい?
まぁそうですね、だいたい三枚ぐらいの広さで、それくらいいるんですけど。
— 大菅さんのお子さん、いま高校生だということですけど、小さい頃、まぁ段雛とだいぶん違いますので…
お雛さんは段々雛できらびやかなもんですけども、うちの子供が小さいとき、よそへ友達んとこへ遊びに行きますと、段々雛のきれいのん飾ってありますと「わたしんとこも飾ってほしい」ということで、このお雛さん飾っておいても、これが「お雛さんじゃない」というような感じでね「段々雛が欲しい」と無理をいったようなこともあるんですけども。
— いまはどうですか
いまはもう古さというものにね、値打ちがあるんだということを感じまして、誇りに思っておりますけど。
— これを飾って、なにか特別なことをやるとかは?
別にね、特別なことはやっておりませんけども、ほんとに珍しいお雛さんですので「ご存知ない方はぜひ一度見に来てください」てなことでね、一服がてらに、このお雛さんを見学していただくというようなことをやっておるんですけど。
— お雛さんは段雛と同じくらいあるんですか?お雛さんの数は?
お雛さんのねぇ、この人形の数は、だいたい何体おられるでしょうねぇ。普通のお雛さんより多いんじゃないでしょうかねぇ。ぜんぜんもうねぇ、いまのお雛さんのようなかっこじゃなくって、いろんなかっこしたねぇ、あの大名行列とか七人官女のお給仕する行列とか、またこの境内を掃除してる人とか、そうゆうようなこう物語的な人形さんがね、おられますね、たくさん。
— 大菅さんは呉服屋でしてね、この衣裳なんかパッと見てよくわかると思うんですが
だいたいこの素材はですね、いまですとナイロンとか化学繊維を使っておりますので、きらびやかな色なんか出ておりますけど、これはまぁ昔の古いもんですので絹とか麻とか、そうゆうな天然素材を使っておりますし、髪の毛も人毛っちゅんですかね、そゆよなもん使っておりますので、虫の保存が第一に、虫に食われんようにするということで、いちっばん細心の注意をはらって保存しておるようなわけです。
— そうすると一年に一回ぐらいは出さないと…
そうですね。やっぱり殺虫剤、樟脳やなんか入れまして、一体一体が全部その箱に入っておりまして、ほしてその元結(もっとい)と言いましてね、昔その髪の毛をくくられた紐があるんですけど、その元結で一体一体を箱に固定しまして、そんなかに必ず殺虫剤、樟脳なんかを、防虫剤いうんですか、そゆなんこう入れまして、虫のつかんように保存することに細心の注意はらっております。でもその天然素材ということで、だいぶんこう色もね褪せてきまして、写真に撮りますときれいになっておりますけども、実物見ますとだいぶん色も褪せてるんですけども。
— いま作り直そうとすると、ちょっと難しいような感じですか?
そうですねぇ、人形師さんと相談すればねぇ、なんとかなるかと思うんですけども、まだ修繕せんならん域まできてませんので。一部はまぁ部分的にはそんなとこもあろうかと思いますけど、いまのところはこのまま、この古さがまた値打ちが、と思いまして、このまま大事に保存してるわけなんですけど。
— これから何日ぐらいまで?
まぁ今月いっぱいぐらいまで飾っておきまして、有線でも放送していただくんでしたら、皆さんご気楽に、いっぺん見ていただいたらと思うんですけども。
— 他でこういうのご覧になったことは?
ぜんぜんこういうよなお雛さんは見たことないですね。テレビやなんかでお雛祭りのときになりますと、いろんなかっこのお雛さんが紹介されますけども、わたしんとこのお雛さんとよう似たのがあるかな、と思ってテレビでも見せていただいてるんですが、わたしんとこのお雛さんのようなのはちょっとこう見たことないですね。ぜひこの機会に、組み立てるのんが大変ですので飾らない年もありますのでね、今年なんかこうして出させていただいたので、一人でも多くの方に見ていただいたらと思うんですけども。
アーカイヴズNo. 300k
番組名:おじゃまします 「250年前のお雛様」蚊野 大菅清さん(52歳)
放送日:昭和38年3年2日