ウィンザーチェアの制作 ―ジョージ・ナカシマの哲学をもとに―

武内佳音

17世紀イギリスで誕生したウィンザーチェアという形式の椅子は、椅子の研究者である織田憲嗣氏が「最も製作が面倒な椅子である。」と述べるほどに、部材数も他の椅子と比べて格段に多く、加工も全て違う角度で穴を開けなければならないなど複雑な作りの椅子である。しかし、誕生から300年程経った今もなお、その構造や制作手法を大きく変えることなく作り続けられている。それ自体が誕生した時代の記憶を残したまま現代も作り続けられている椅子の一つである。ウィンザーチェアが様々な土地の技術や文化を吸収しながら進化を遂げていったように、椅子はそれ自体がそれぞれの時代の工芸の思想を内包しており、各地域の文化が育んだ材料や技術と深く関係し合うものであった。しかし、現代の家具は、生活様式の合理化と生産の工業化のために、徹底した単純化、画一化の及び没個性化を追求している。一方で、人間の生活には、本来多様化と画一化という二つの矛盾した要素が含まれている。多様化や個性化に対する人間の要求に対して現代の家具は充分な回答を提供しているだろうか。ここにウィンザーチェアが淘汰されない理由があるのではないかと考えた。また、過去多くのデザイナーがこの形式から影響を受けたと考えられる椅子を手掛けている。

本制作では、その中でも、「家具製作は樹木の再生」という言葉を残し、樹木の本来の姿を生かすことにより、一点物ともいえるウィンザー形式の作品を多く世に出したアメリカの木匠であるジョージ・ナカシマについての調査・研究を行った上で、実際に彼の哲学を踏襲したウィンザーチェアを制作した。研究や制作を通して、ウィンザーチェアが今日まで廃れずに生き残ってきた理由やジョージ・ナカシマのものづくりに対する姿勢、その精神についての理解を深めることを目的としている。この作品が、かけすぎる時間や手間は本当に無用なのかを問いかけるものとなることを期待したい。