★「人と地域ゼミ」は地域文化論演習のゼミで、武邑尚彦黒田末寿が共同で担当します。世界のどの地域でも対象になりますが、主要には、滋賀県の担当・字単位の地域を対象に、聴き取りや地域活動への参加によって人々の生き方や生活文化を学び、現代生活について考え、自らの人生に生かすことを追求します。成果の表現法も学んで、作品や報告書にし、地域の方と討議し、成果表現を協働過程にすることを学びます。ただし、学生諸君が社会や自己の人生について考え、ゼミで討議するやりかたは、これらに限りません。世界を回って写真で報告した先輩たちや料理で地域文化を表現した先輩も何人もいます。

★聴き取りは単なる資料収集でも受け身の行為でもありません。相手が生活体験や生き方を語る場を聴き手が創り出すのです。これには相手を主体としてしっかり受け止める態度、尊敬が無くてはなりませんが、実際のところは、相手がお年寄りであっても若い人であっても聴き取りをするうちに、自ずと尊敬が湧き出てきます。聴き取りとは、相手の人生を受け止める態度を知らずしてつくる行為といってもいいでしょう。そうしたことが簡単にできるわけがない、と思われるかもしれません。しかし、今日、人の話をじっくり聞くような場面がどれだけあるでしょうか?たとえば、教師の話や講義、あるいは親の小言を「じっくり聴いた」と表現すると、おかしいですね。「じっくり聴く」にふさわしい場面は、たとえば友人の悩みを自分の意見や考えを挟むことなく聞くようなときでしょう。これに比べれば、多くの話は煎じ詰めると、「指示」であることがはっきりします。また、自分がデータを取るための研究者の聴き取りは、指示の裏返しに過ぎないものでしょう。地域の普通の人と対面し、話を聞くとなると、自己を抑制し、相手の世界を丸ごと受け取ることでしかできません。この行為が、自らの生き方を考えることにつながっていきます。

★「人と地域ゼミ」が参加している地域活動は多岐にわたります。最近の例をいくつかあげると、地域の祭りや儀礼の映像化活動、地域のイメージを絵屏風にする(心象図法)活動、彦根市橋本商店街の活性化、湖西の朽木や椋川での地域活性化・伝統農法復活活動、湖西エコツアー推進計画、彦根市三津町地域誌作成、湖北・湖東の森林利用活性化などがあります。

★自由・自律がゼミのモットーです。人々の生活や生き方のとらえ方は単一ではありません。そういう多様な人間が地域を作っています。このゼミも「こうあらねばならない」という枠はありません。このゼミには中国・タイ・韓国への留学、アジア放浪などの経験者が多くいます。中国人留学生もいます。詳しくは人と地域本館地域活動ニュースをご覧下さい。県立大学諸君はD2-307号室にどうぞ。ブログもあります。

★地域には人々が豊かな感性と強靱な身体で育んできた文化、知恵、技がありますが、現代では顧みられず消えつつあります。その記録と継承もゼミの事業です。先輩たちが聴き取り、映像記録、イベント企画、ミニコミ誌出版等について指導します。

黒田の地域文化研究:農山村文化研究(甲賀・伊賀の特殊重粘土地帯(注)における溜池と農作業、模範村についての調査、朽木村での聞き取りなど)、地域活性化運動への参加と研究をしている。

注:特殊重粘土は古琵琶湖層のとくに微細な粘土土壌を指す。この土壌の水田は乾くと凝縮して深いひびが入り、水漏れが止まらなくなる。加えて水不足の地域のため、1966年まで水田に年中湛水して(湿田)独特の農法と農作業により良質米を生産していた。興味深いことには農学の常識とは違って、この地域の湿田は一般の乾田より高い収穫をあげていたが、そのメカニズムはほとんど研究されていない。

★黒田の地域文化学:ある地域の文化には、その地域の歴史や風習だけでなく、人々の暮らしを形作る生業や風土、そしてその中で培われてきた身の動かし方、感覚や情動の有り様までが含まれる。そういう問題意識で地域を見てみると、そこに生きてきた人々の文化の独自性や認識の奥深さがわかってくるし、人々への尊敬が自ずと湧き出てくる。この間の地域文化研究で痛感するのは、一世代前の人々がもっていた生活技能や広くかつ微妙に働く感覚を、私たちが失っていたり弱めてしまっていることである。これらを私たちが取り戻す努力をしないと、コンピューターや出版文化のおかげで資料としては膨大な量が集積されではいても、私たちは、結局、一世代前の文化すら、表面的にしかわからないままになるし、そのことに気づきもしなくなるだろう。それは、人間の力が退縮することによる世代間の文化の断絶である。
 生活技能や感覚力、すなわち、人間力の回復の場となるような地域文化学をめざしたい。