『日本の近代15・新技術の社会誌』

鈴木淳著・中央公論新社(1999年)

道具とは何らかの技術を(新種の道具なら新技術を)体現したモノである。だから道具の歴史は技術の歴史と深く関わるはずだ。しかし、技術史分野の研究や著作を見ても私たちの道具学の興味に合致するものは意外に少ない。純粋な技術史のめざすものと、我々の考える道具学(中でも、モノの歴史)がめざすものにはいくつもの大きな違いがあるからだろう。道具学の興味は、技術そのものよりも技術を体現したモノ(具体物・製品)の方にある。つまり、そのモノが普及した事情や、それが世の中や人の意識に及ぼした影響、とりわけ身近な生活とモノとの関わり方に、私たちの最も大きな関心がある。

アカデミックな歴史学にも同様の不満を抱いていた私に、目に留まったのが本書「新技術の社会誌」である。

本書は、近代史の研究者たちが「日本の近代」をつづる全16巻のシリーズの中の一冊。著者の鈴木淳は、日本近代史を専攻する、1962年生まれの少壮気鋭の歴史学者。すでに本書の他に産業技術学会賞などを受賞した「明治の機械工業」(ミネルヴァ書房・1996)というアカデミックな(つまり専門家以外の一般人にはとても読みづらい)著作があるが、本書は一般人にも充分に読めるよう書かれているのがありがたい。

著者自身の言葉によれば、「歴史学ではまず政治史、それを追うかたちで経済史があり、経済史でもまずは産業の歴史」に目が向けられてきた。つまり、人間の使う身近な「モノ」の研究はこれまであまりなされてこなかった。このことに着目して、日本の近代の歴史の中で何がどう変わったのか、新しい技術が入ってきて社会がどう変わったのかを、モノを通じて考えてみるという視点(当学会に引き寄せてみると、まさに「道具学」的な視点)が本書の一番の新しさだろう。

モノを作った技術開発の歴史を追うのが中心の技術史でなく、モノから時代の変遷を描こうとする近代史としての著作は、これまでありそうでいて、ほとんど無かった。だからこれは歴史学者による近代の道具学の試みとみてよい(もっとも、著者は道具学のことなど知らないかもしれないが、モノに焦点を当てた歴史、特に近代史の研究がこれまで大きく欠落していたこと、その欠落を埋める研究が今求められていることには同感してくれるに違いない)。

目立たない書名、シリーズものの歴史書の一冊と、道具学会員の興味を特に惹きそうにない本書だが、目次を開いてみると、道具の名ばかりがずらりと並んでいることにまず驚かされる。

それらをすべて挙げると、まず1章の「維新の技術」(時代的には、幕末から開化期)では、洋式小銃、活版印刷、そして人力車。続く第2章「産業革命と生活」(同、明治中期ころ)では、時計、蒸気ポンプ、そして板ガラス。第3章「大衆の技術革新」(同、20世紀前半)では、電車、自転車、そしてラジオ。第4章「家庭生活の変容」(同、第二次戦後)では、洗濯機とプロパンガス。これらのアイテムの選択自体が、本書の目配りの秀逸なところでもある。モノを通して、政治・経済ばかりでなく個々人の生活まで含めた歴史的変化を語ろうとする著者の姿勢が浮かんでくる。

本書では、これら合計11のモノの成立と普及の背景と影響が、文献史学の手法で(文字通り各種文献を駆使して)それぞれに手際よくまとめられている。上記の道具のなかでは、板ガラス、プロパンガスの項が特にありがたい。これら二つとも、現在に至る日本の日常的生活を考える上で非常に重要なモノであるにもかかわらず、これまで、しっかりした歴史的記述がありそうで無かったモノである。また、評者が最も興味のあった洗濯機の項は、道具学としてはありがちなアイテムだが、その分析・記述は思いのほか細かく、独自性があり、教えられることが多かった(例えば、1950年代半ばの団地では玄関に洗濯機を置くことが多く、これが外形が角柱型の、設置面積をとらない噴流式が好まれた理由の一つだったなど)。

もちろん、戦後の家庭生活の変容を担うモノが、洗濯機とプロパンガスのたった二つだけしか扱われてない、という大きな不満は残る。道具学会員ならこれにすぐさま10も20も、あるいはそれ以上を、付け加えることができるだろう。著者も次のように述べて本書を結んでいる。「携帯電話の導入一つをとっても、われわれは、新技術がいかにわれわれの暮らしに影響を与えるか痛感している。私は、より緻密な、あるいは大胆な構想の研究によって、本書が乗りこえられていくことを期待する。その素材となるべき、新技術を体現した製品、そして記録されるべきみずからの経験や高齢者の体験談は、皆さんの身近にあるに違いない」と。評者はこれを私たちへの熱いメッセージと思いたい。

著者のいう、より緻密な、あるいは大胆な構想の研究(歴史だけが道具学の方法論ではないので)に向かうための基本ラインを押さえておくガイドとして、本書を薦めたい。

(初出:道具学会「道具学NEWS」)