『欲望のオブジェ』デザインと社会 1750ー1980

アドリアン・フォーティ著 高島平吾訳 鹿島出版会/1992(原著1986)刊

道具学の目標のひとつは、道具と人間の関係・システムのありようを探ることだろう。ところが、特に近代以降の工業化された社会にあっては、この道具- 人間システムは一筋縄では捉えきれない。量産される多くの道具は、利潤追求を第一義とする企業によって、その社会の大多数の欲望をそそるべく周到にデザインされ、世に送り出されてきたからである。

「デザインと社会」と副題された本書は、近・現代のイギリスとアメリカでの事例を中心として、さまざまな道具のデザインを、その成立・発展・普及をめぐる経済的・社会的背景から読み解いていく。デザインを個人の創造的行為として捉え、歴史的に有名なデザイナー個人やグループの造形思想を重視してきたのが従来のデザイン史だとすれば、本書は、それらとは一線を画する社会史的視点による新しいデザイン史の代表的著作である。

考察される道具のデザインは、陶磁器、日用雑貨、家具、衣服、ミシンなどの家庭用機械、タイプライターなどのオフィス機器、そして浴室設備や家庭電化製品まで多岐にわたる。それらの道具が、どのようなイメージ・観念を体現させるべくデザインされてきたのか、それがどのような経済的・社会的動機によって生産に移されてきたのかを執拗に追求している。

著者のエイドリアン・フォーティは建築史家。近代建築家(例えばル・コルビジェ)が当時の新しい器具・機械類のデザインをインスピレーションの源泉として言及していることから、道具のデザインに興味をいだき、十年余の緻密な研究を経て本書をまとめた後、再び建築史の分野に還っていった。

近代以降の道具のデザインを社会との関わりで解明しようとした先駆としては、S. ギーディオンの『機械化の文化史』(鹿島出版会)があるが、本書はギーディオン流のアノニマス・ヒストリー(無名のモノの歴史)の試みを、英米の社会的現実をいっそう徹底して考証することによって批判的に継承している。

道具の近代史研究のひとつのモデルとして、また、道具をデザインする、という行為が社会の中で果たしてきた役割をいまいちど考えてみるためにも、一読をおすすめしたい。

(初出:GK道具学研究所「道具学NEWS」)