考現学:私の講義、私の研究

私の講義

「考現学」と聴いて、多くの人はどんな学問を想像するだろうか。昨今のジャーナリズムでは、考現学というと、ちょっと覗き見趣味の徹底取材、といったニュアンスで乱用されているが、その創始者・今和次郎(こん・わじろう。1888〜1973)にとって、考現学は、移りゆく風俗や生活をありのままに記録し、その背後にあるものを解読しようとする方法的実験だった。我が国の民家研究の草分けでもあった彼は、関東大震災直後のバラックを記録にとどめることに始まって、仲間たちとともに、昭和初年の東京銀座街頭、下町のスラム、新興の郊外住宅地などで、彼らの独創的な方法による様々な生活・風俗調査をおこなった。今和次郎らの調査としては、街頭で見られた服装の統計的調査が有名だが、その他にも家の中のモノの形や配置を詳細にスケッチした生活財調査、当時のモダンガールの行動追跡調査、盛り場の飲食店の分布調査など数多くある。

身の回りの、一見とるに足らないような行動や事物を事細かに観察し、その結果をスケッチや図表を用いてビジュアルに表現する彼らの方法は、当時のジャーナリズムには大きく取り上げられたが、長い間アカデミックな評価を受けず、ようやく1970年代になってその先進性が認められるようになった。現在では考現学の方法と精神を現代に継承しようとする研究者の集まり(日本生活学会、現代風俗研究会など)もある。調査自体を楽しんでしまおうという、おなじみの路上観察学会もその中の一派である。

「考現学概論」と題する私の講義では、今和次郎たちの調査、最近の調査など、考現学のさまざまな調査事例を解説するばかりでなく、学期の後半では、学生ひとりひとりがフィールドに出て、実際の調査を体験(はじめは数人のグループワークで、次いで夏休み中の個人研究で)することを義務づけている。

私の研究

私の専門分野は工業デザインであり、特に近代以降に工業的につくられ、現在の日常生活の中で使われているモノ(道具、人工物)のデザイン史を研究している。従来のデザイン史が、特定の有名デザイナーの造形思想から製品のデザインを説明しようとしてきたのに対して、今世紀に入ってからの工業製品のデザインの大半は、利用可能な技術、製品化に関わる企業活動、流通・販売のシステム、モノを購買し使用する生活者の心理や行動など、さまざまな分野に渡る諸要因の総和として成立している。このような視点から、家電製品や、住宅設備機器、生活雑貨など、いつくかの道具を選び、そのデザイン変化と背景要因の関連についてケーススタディを進めている。

このようなモノの歴史研究の一方で、現代の住まいの中にあるモノ(生活財)の考現学的調査も行っている。近代以降のモノの歴史をさぐることと、生活財調査を通してモノの現在を見つめることとは、実はそれほどかけ離れていない。モノの現在には近い過去の痕跡を読みとることができ、所有・保有されているモノの集まりは過去から現在までの生活の堆積だからである。そして、モノに対する我々の観念やイメージ(例えばデザインの好き嫌い)も過去の歴史を引きずっている。

モノのデザインとは、要するにモノにどのような機能をあたえるべきか、どのような形・イメージをあたえるべきかという問題に対する答えである。モノのデザイン史の研究においても、対象とするモノをめぐって、その時代の生活の姿をリアルに把握できているかどうかが分析の切れ味を決める。手の届く限りの断片的資料から想像・推理を働かせ、リアリティある歴史を再構成することに努力している。考現学とデザイン史がクロスオーバーする瞬間を夢に見ながらの作業である。

(初出:アエラムック『生活科学がわかる』1998)