モンゴルのゲル

モンゴルの移動式住居「ゲル」(中国人はパオと呼ぶ)は、きわめて「道具的」な住宅である。遊牧民とともに年に数度も移動を繰り返すゲルは、分解し、ラクダの背に乗せて移動した先で、また1〜2時間で建てられる。居室空間を丸く囲む折りたたみ式壁材(ハナと呼ぶ)の枚数によって広さは数段階あるが、部材は規格化され、構造も外観も全国ほとんど一定(例外的にモンゴル西端部のカザフ人の多い地方では少し異なる形のカザフ式ゲルがあるが)。このような均一性は現代道具にも通じる特性といえるだろう。

おそらく歴史上のある時点でゲルの原型が誕生し、長年の洗練を経て、現在のゲル構造が全国に普及したのであろう。でも、四方を見渡す限りまったく樹木ひとつない大草原に立つと、いったいどうやってこの形式のゲルが生まれてきたのか不思議になる。どこか遠い森林地帯で伐採された木材が、またウランバートルのような都市であるいは隣国の中国でつくられた綿布が、気の遠くなるような遠路を渡って来て、部材として加工され、やがてゲルとして組み上げられる。材木や綿布を買って来て自分で作る人もいれば、都市の職人による注文生産もあるらしい。

人工物のない大草原の中にあって、ゲルの内部は人間くさい濃密な空間で、その家具配置には一定の型があり、どのゲルに入っても互いによく似ている。都市のゲルでは電気製品も使っており、草原のゲルでもテレビを見ている(電気はガソリン燃料の発電機で起こす)。ただし、遊牧生活では、持ち物をむやみに増やすことは簡便な移動を困難にする死活問題。実際、最近では手持ちのラクダや牛馬では間に合わず、トラック等をどこかで借りてきて「引っ越し」する(つまり定住文明の我々と同じやり方で)こともあるようだ。大草原を風のように駆け抜けたチンギスハーンが聞いたら、なんと嘆かわしいと思うかもしれない。

(初出:道具学会編『道具学への招待』ラトルズ)