私の選んだデザインの名作

亀の子たわし(1907年/西尾商店/西尾正左衛門)

かつて台所用の物洗い道具には、稲藁や木の皮、棕櫚、竹などさまざまな植物繊維が使われていた。それらを束ねて使う物洗い具の名称も地方によりさまざまであった。それを「たわし」の名で総称するようになったのは、この明治時代のヒット商品である「亀の子束子」の後のことである。考案したのは、東京小石川で棕櫚縄製品を製造していた西尾正左衛門。繊維を2本の針金で撚って棒状にし、これを輪に曲げて両端を結束するというシンプルな構造のデザインである。発売後、すぐに材料は少量の繊維しか取れない棕櫚から、量産のきく輸入品のココヤシの実の繊維に変わった。素材の特性を生かしたシンプルな構造と握りやすい形態、さらに考案者・西尾の近代的事業感覚(ネーミング、特許・商標権、ブランドマーク、パッケージ、店頭ディスプレイ、広告など)によって全国商品となり、海外にも輸出された。昭和30年代から普及してきたスポンジなどの化学素材の「たわし」とともに、今日まで台所道具の定番であり続けている。

タッパーウエア(1946年/タッパー・コーポレーション/アール・タッパー)

第二次大戦中に発達したポリエチレン製造技術をもとに、アメリカのデュポン社とともに化学者アール・タッパーが開発したのが、ポリエチレン射出成形による一連の家庭用食品容器、「タッパーウエア」である。軽く、柔らかく、丈夫で壊れにくく、特許の空気密閉蓋のついたこの製品は、食品容器としてアメリカのみならず世界中に販売され、多くの類似商品を産み、特に、普及しつつあった電気冷蔵庫の中で食品の乾燥を防ぐための容器として、ラップフィルムとともに台所の必需品となった。また、このポリエチレンの柔らかさと丈夫さ、手になじみ滑りにくい触感、淡いパステルカラーで中身の見透かせる半透明の外観など、それまでになかった新しい素材感覚を家庭用品の中にもたらした。それまでのプラスチック製品にともなっていた「イミテーション素材」・「代用素材」というイメージを払拭し、プラスチックならではの独自の機能と外観をもった製品として、その後、多くのプラスチック製品が家庭に受け入れられる素地をつくった。

アルマイトの丸形やかん(1930年代?/日本アルミニューム工業(現・日本アルミ(株))/アノニマス)

我が国の誰もが知っている懐かしいやかんのデザインといえば、このふっくらした丸形やかんの他にはない。しかし、これほどに普及した形でありながら、この独特のデザインの出自も、デザイナーも良くわからない。アノニマスデザインの代表的製品である。この丸い形の原形は、やかんよりずっと容量の小さい鋳造・鍛造の金属製急須や湯沸かしとして、遅くとも19世紀末にはあった。この形を元に、アルミのプレス成形によってさまざまな容量のものを量産したのが、日本におけるこのデザインのはじまりであろう。メーカーも複数あったと思われる。

アルミのプレス成形は量産性にすぐれているが、薄手のアルミは変形・摩耗しやすく、器物の形状を工夫したデザインが必要になる。このやかん独特のどこかユーモラスな丸まるとした形も、パイプ状の弦も、現れた当時のプレス技術に適合しやすい形である。また、1937年以降、アルマイト(陽極酸化被膜)処理がほどこされ、耐摩耗性も耐食性も向上した。シュウ酸による酸化皮膜の薄い金色は、アルマイト処理しないそれまでの白みがかった銀色のアルミ製品よりも高級感があり、内外の市場で好まれる色だった。軽く、安価な普段使いのやかんとして、現在でもなお需要がある。

(初出:日本デザイン学会編『デザイン事典』朝倉書店)