アメリカの二大道具ミュージアム

日本とアメリカの道具文化を比較研究する、我々にとってその手始めは、あちらの道具文化が濃密に集積された場所、いわば道具ミュージアムを見ることだった。特に近代以降の世界に影響を与えてきた「アメリカ的生活様式」の源になる道具類の全米最大のコレクションといえば、、、我々の訪問先選びに迷いはなかった。ヘンリー・フォード博物館と、スミソニアンのアメリカ歴史博物館。今回平成12年の調査旅行の中では、アメリカを代表するこの二つの巨大な道具ミュージアムを訪れることができた。

ヘンリー・フォード博物館

デトロイト近郊の町、ディアボーンにあるヘンリー・フォード博物館は、隣接する屋外博物館グリーンフィールド・ビレッジとともに、自動車王ヘンリー・フォードによって1929年に開館された。ヘンリー・フォードの生前はエディソン・インスティチュートの名で呼ばれていたように、トーマス・エディソンの発明をはじめとするアメリカの技術革新、有名無名のアメリカ生まれの技術的創意工夫の成果を一堂に集め、大衆を啓蒙しようというヘンリーの意図にはじまる産業技術史博物館である。よく誤解されるように自動車博物館ではなく、フォード社ともフォード財団とも独立した教育機関として運営されている。

アメリカでつくられたモノのすべてを集める、というのがヘンリーの発意だったと伝えられているように、当初はヘンリーの個人コレクションから始まり、アメリカの文化英雄だったヘンリーのコレクションに加えてもらうべく全米から寄贈された物品が初期コレクションの大半を占めていたという。現在でも、大は飛行機や蒸気機関車から、小は台所道具や日用雑貨まで、非常に広範な道具コレクションが、ワンフロアーの広大な展示場にひしめいている。その広範囲で雑多なコレクションは「ヘンリーズ・アティック(ヘンリーの屋根裏部屋)」と悪口を言われた当初のコレクションから、時代とともに変化しつづけてきたことがうかがえる。

現在の大きな展示ゾーンとしては、「交通」(馬車、機関車、飛行機などの大物)、「農業」(農具・農業機械の一大コレクション。ヘンリーは農業国としてのアメリカの文化に強い執着を持ち、その文化的伝統が失われるのを恐れて道具コレクションを始めたことが思い出される。)、「家具」、「照明」、「ホーム・アーツ」(家庭用の生活道具・機器。ミシンからレンジ、ストーブ、洗濯機、掃除機、冷蔵庫、台所道具その他のこまごまとした生活雑貨まで。おそらく、多くの道具学会員は、ここへ来たが最後、閉館まで釘付けになることだろう。いくつかの時代を特定した台所の比較再現もある。)など。

比較的新しいテーマ展示として、例えば「オートモービル・イン・アメリカンライフ」がある。アメリカ生活と自動車との関わりを多面的に見せる展示で、多数の自動車のほか、ガソリンスタンド、ロードサイン、モーテル、ダイナー(道路沿いのカプセル型簡易食堂)、キャンピングカーの変遷、ドライブイン・シアター(自動車に乗ったままで見る映画館)、などが見られる。また、「メイド・イン・アメリカ」のテーマ展示では、アメリカにおける産業革命(動力機関など)、T型フォードのアッセンブリー・ライン(マスプロダクション・システム)、産業ロボットに至る工作機械の変遷など、現在に至るアメリカ製造業の発展がたどれる。インダストリアルデザインや広告についての展示もある。ものつくり産業を賛美し、将来にむけた産業教育をおこなうという創立者ヘンリーの意図が良く継承されている展示ゾーンといえる。最も新しいテーマ展示は「ユア・プレイス・イン・タイム」。20世紀アメリカを5つの時代に分け、各時代の世相を象徴する出来事、トピックとなった風俗、家庭内景観、人気を集めた道具やデザインなどを見せながら回顧するもの。やや小規模ながら、この博物館では比較的少なかった社会史的視点による展示である。

なお、展示フロアーの一角ではバックミンスター・フラーの未来的実験住宅「ダイマクション・ハウス」(プレハブ工法の大胆な先駆となった金属製円形住宅)が再建中だった。技術のインパクト、大小さまざまの発明工夫がアメリカの生活を変えてきたのだとする技術観、アメリカ文明観(これはヘンリー・フォード個人の歴史観でもある)を象徴する新たな展示がまたひとつ加わることになる。

アメリカ歴史博物館

ワシントンDCのスミソニアン博物館群中のアメリカ歴史博物館も、巨大な道具ミュージアムである。1964年に開館したときには「歴史・技術博物館」の名であったが、1980年に現在の名称になった。もとの名称には、何よりも技術が歴史を動かしてきたというアメリカ文明観の名残がうかがえるが、現在の名称には、1970年代以降の歴史観・技術観が反映されているのかもしれない。(アメリカでは1970年代に「リビング・ヒストリー・ムーブメント」つまり、日常生活史の復元運動があり、これはイギリス系入植者を中心とした従来のアメリカ史観の変更を迫る動きとも連動していた。)名称変更と連動するように、現在の展示には、社会史・生活史的展示と、旧来の技術史的展示が混在している。技術史的展示が、技術の成果としてのモノ・道具を見せるのに対して、社会史・生活史的展示は、あるテーマに沿って歴史を語るためにその生き証人としてのモノ・道具を見せる、といったニュアンスの違いがある。

この違いを現在の展示ゾーンの名前でみるなら、「鉄道」、「電気」、「動力機械」、「土木」、「武器」、「計時」、「テキスタイル」、「セラミック」、「印刷」などが技術史的展示にあたり、「農園から工場へ(アフリカ系アメリカ人の歴史)」、「パーラーから政治へ(アメリカ女性史)」、「アメリカの出会い(アメリカ・インディアン、スペイン系入植者、イギリス系入植者間の闘争と共存)」、「より完全な連合(日系アメリカ人の歴史)」などが社会史・生活史的展示である。

「材料の世界(材料転換の視点からすべてのモノの変遷を見ていく意欲的展示)」、「アメリカ生活における科学」、「情報時代」、「変化の原動力(アメリカ産業革命の歴史)」などは、両者を融合して、社会史的な視点を含んだ新しい技術史展示といえるだろう。もちろん以上のすべての展示で、歴史を見せてくれるのは、何よりも過去から生き延びた遺留品としてのモノ・道具である。

フォード博と比較するなら、こちらは「モノ(技術)よりもコト(歴史)」重視の傾向がある。しかし両者に共通するのは、無数のモノ・道具を見せながら、全体としてアメリカ人の歴史的アイデンティティを探そうとする高邁ともいえる姿勢である。これはアメリカという国のできてきた経緯、つまりはアメリカの歴史と関わりがあるようだ。

上記のふたつの博物館ともに、巨大館の宿命だが、展示物を網羅するような図録はない。常にどこかで展示替えが行われ、学芸員ですら展示物の総てを把握できない。しかも展示されているのは膨大なコレクションのうち、ほんの一部である。つまり、何か特定の道具を展示の中で探そうと思ったなら、まずは行って見るしかない。このふたつの巨大な道具の森に分け入って探すのは、まさに「道具探検」といえるだろう。

その他の道具ミュージアム

今回の調査旅行では、上記2館のほかにも以下の(主に中小の、屋内型の)博物館を訪れた。大型博物館にはない、あっても見落とされがちなユニークな道具コレクションを見ることができた。(括弧内に所在地、主な展示、道具コレクションなどのコメントを付す。)

・モータウン歴史博物館(デトロイト。モータウン・レコードの歴史がテーマ。初期のレコーディング・スタジオと機器のほか、創業者の住宅と調度を1960年当時に再現。)

・デトロイト歴史博物館(デトロイトの産業史。自動車産業の歴史。時代別の商店街再現。デトロイトで盛んだったホビーとしてのミニカー展示など。企画展では、往時のラジオ店、電気店の店頭の再現など、ラジオ・テレビ放送の発展の展示。また風洞実験用や戦時中の識別用などの飛行機模型の展示も。)

・ピーボディ・エセックス博物館(ボストン近郊セーラム。この港町を中心とする海運史、アジア貿易を通じて渡来した東洋美術工芸。企画展では、世界各民族の伝統的小型ボートの展示。明治期日本の庶民道具を大量に集めたことで有名なモース・コレクションは、残念ながら倉庫の中。日本で公開した後の戻り荷が解かれていなかった。)

・航空宇宙博物館(ワシントンDC。航空機、ロケット、ミサイル、宇宙船等。歴史博と並ぶスミソニアンの大規模な道具ミュージアムだが、今回は駆け足で瞥見したのみ。)

(初出:道具学会編『季刊道具学』)