モンゴルのゲルと生活財 - 遊牧のゲルと定住のゲル -

はじめに

モンゴルのゲル(組立式の円形一室住居)は、家畜をともなって季節ごとに移動する遊牧生活に最も適したかたちに発達した住居形態である。しかし現代モンゴルの都市では、このゲルで定住している例も多く見られる。遊牧生活と都市での定住生活のちがいが、ゲルでの住まい方、物の持ち方・置き方にどのように現れているのだろうか。モンゴル遊牧社会の今後を考えるために、遊牧と定住、それぞれの日常生活の実態を、ゲルの中に置かれた生活財に注目しつつ比較した。

調査概要

現代モンゴルの典型とおもわれるいくつかの住居タイプごとに、事例となる家庭を選び、個々に訪問して、住居および生活財配置を観察・記録。あわせて居住歴、生業、家族構成、日常の生活時間・生活空間などについての聞き取りをおこなった。調査は1996年7月〜8月にかけて、主としてモンゴル中部の首都ウランバートル市内(都市周縁部)と北部のフブスグル県(遊牧地域)の2地域で実施。生活財配置状況の詳細までを記録した家庭は、ゲル10例、木造住宅2例、コンクリート造アパート2例であった。

遊牧生活のゲル

草原の遊牧民は春夏秋冬の季節ごとにゲル設営地を移動する。今回実見できたのはすべて夏営地での状況である(図1)。ゲル内の空間には伝統的な使い分けの区分がある。ゲルに入って中心線から右側が女の空間、その反対の左側が男の空間。ゲルの中心が炉の定位置。中心線の一番奥が仏壇の定位置、その手前が家の主人あるいは賓客の座、客の座は左側奥、などと区分される。この伝統的区分は現代のゲルにおいてもよく守られている。ただし仏壇は現在では独立式のものはほとんどみられず、かつての仏壇の位置には、家族写真と三面鏡を飾る家が多い。かつての炉の位置には煙突つきのストーブが置かれている。個々の生活財は現代の製品に置き換わっても、その配置は伝統様式を踏襲しており、これらの生活財を使って営まれる住まい方は昔ながらの遊牧生活と大差ないと思われる。

まとめ

遊牧生活と都市での定住生活とでは、生業も日常生活もまるで違う。にもかかわらず、遊牧ゲルと定住ゲルを比べると、その生活財配置やそれらを使った起居様式にはかなりの共通性がある。ゲルならば、いざとなれば簡単に移動することもでき、草原で慣れ親しんだ住まい方を都市にあってもある程度まで維持することができる。このような柔軟さがあるために、ゲルでの都市定住は今後も残るものと考えられる。

(日本生活学会第24回秋季研究発表梗概1997)