細馬宏通/プロフィール(その2)

 物理をやるつもりで大学に入ったものの、自分の物理センスにはやばやと見切りをつけて生物に転向。大学院では日高敏隆先生のもとで動物行動学を専攻していました。
 最初はシャクトリムシ(クワエダシャク)が木の枝の真似をする行動について研究をしていましたが、あまりに動かない動物なので正直自分でも手応えがつかめませんでした。たまたま調査に訪れたマレーシアサバ州(ボルネオ島北部)でトンボ(ナンヨウベッコウトンボ・コフキオオメトンボ)のなわばり行動を観察し、そのすさまじい動きに圧倒されて、ようやく行動研究のおもしろさがわかってきました。
 そのあと、(いまとなっては自分でもなぜかわかりませんが)1987年ごろに人間の日常生活の行動研究に転身。短時間でたくさんデータがとれる研究を、と思ってエレベーターの中の行動を始めるようになりました。最初は確たるあてがあったわけではありませんが、あとになって、シャクトリムシやトンボを研究していたときに考えていた時空間構造の解析手法を、人間の会話パターンにあてはめうることに気づきました。そこで、生態学で「棲み分け」の分析に使う数学的手法を、音声パターンの時間分析で使えるように改めて、エレベーターの中の会話を分析したのが博士課程での研究です。
 この頃から、谷泰先生を中心とした「コミュニケーションの自然誌研究会」に通うようになり、会話分析の手法を知るきっかけとなりました。日常の生の会話を扱うわたしの研究スタイルは、いまも続いているこの研究会から大きな影響を受けています。

 1990年からパソコン通信に没頭し、NIFTY-Serveの心理学フォーラムの立ち上げにかかわったり、各種フォーラムのスタッフをやりました。ネットワーク論やチャット研究の仕事(そしてうんざりするほどある低レベルの自作ソフトと電子テキスト(1,2,3など)、およびそのカットアップ)はこの頃以来の産物です。ネットワークを通じて知り合った吉村信氏とステレオグラムの歴史を掘り起こしていくうちに、視覚文化の歴史のおもしろさがだんだん分かってきました。

 エレベーターの歴史についてもっと知りたいと思い、日本で最初にエレベーターが設置された浅草十二階について調べ始めたのが1998年ごろ。はじめは気づいていませんでしたが、この塔は日本の視覚文化の中心のような場所でした。ステレオグラムだけでなく、錦絵、パノラマ、ジオラマ、絵はがきについて調べるようになり、その興味は現在まで続いています。
 視覚文化研究と並行して、1998年ごろから、ことばの時間構造だけでなく、音声と身振りの相互作用を扱い出し、ジェスチャー研究にはこれまでのコミュニケーション論とは違う可能性があると思うようになりました。おそまきながらMcNeillやGoodwinのおもしろさに気づくようになったのもこの頃です。
 ジェスチャーのマイクロ分析を通じて、最近、ようやく日常会話の奥深さがわかってきたところです。(2003 Dec.記)



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