2004年度発達心理学会講習会

「動画データの探索的解析」

動画データの探索的解析

細馬宏通

(滋賀県立大学人間文化学部)

(これは2004年3月23日に使ったパワーポイント書類をもとに作ったアウトラインです)

「探索的」とは?

・ 既成の評価やカテゴリを使うのではなく、探すこと
・ 既成のカテゴリーに基づいて記述するのではなく、新たな記述の方法を探すことしかし、既成のカテゴリーを手がかりに「注目する」ことは可能

誰も行ったことのない場所に行く

・ 既成のカテゴリーに従うのではなく、既成のカテゴリーに道案内してもらう(「指輪物語」におけるフロドにとってのゴラム)。
・ なんらかの装備(ツール)はあったほうがよい。
・ 地図はあらかじめない(jump aheadできない)。が、地図を作りながら歩く(シークエンスで考える)ことはできる。

quality/Quality (ウィリッグ 2001/2003)

・ 小文字のq:
「後で質的データと照らし合わせるために(あらかじめ)仮説やカテゴリーを決めてから、研究を始める」:
仮説演繹的、理論検証型

・ 大文字のQ:
オープンエンドで帰納的、理論生成型

この講習会でやらないこと


・ 映像データのスタンダードな評価方法や尺度の紹介
装備の細かい説明(パソコンの機種別インストール方法、各種コマンドetc.)

この講習会でやること

・ 旅への誘い(映像を見たいという動機づけを高める)
・ 既存の評価尺度やカテゴリーについて考え直すためのいくつかの手がかりの紹介
・ 映像とアイディアを結びつけるためのいくつかの方法の紹介
・ 映像のシークエンス分析
・ 映像を用いた各種記述ツールに「何ができるか」の紹介


映像の分析は簡単?

・ 映像を撮影・録画する(ビデオカメラ・HD録画・DVD録画etc.)
・ パソコンに記録すると再生に便利
・ ひたすら分析する
しかし・・・


映像ファイルは圧縮できても人間の認知に要する時間は圧縮できない。

現実は・・・?

・ 撮影したテープのほとんどは見ていない。
・ この前、見直していて「これは使える」と思ったが、どの映像だかわからなくなった。
・ なぜ「使える」と思ったのか忘れた。
・ いいアドバイスをもらったのだが、どのテープのどこに入っているのかもはやわからない。
学生に評定はしてもらえばいいから、いちいち映像を見る必要はない。



映像を集めたあとどうするのか?

・ 映像を見て何をするのか?
・ 映像とアイディアをいかに結びつけるのか?
・ その結果をいかに効率よく保存し呼び出すか?

質的研究における映像データの可能性

・ 映像に収められるコミュニケーションは研究者によって一方的にコントロールできない(しばしば研究参加者は逸脱する)
・ 逸脱には逸脱なりの規則がある
(西阪 1999)
・ 映像データには、研究者があらかじめ手に負えない細部が埋め込まれている。(後述)

コードとカテゴリー

・ コードが先か?カテゴリーが先か?
必ずしもコードの方が精緻でそこからカテゴリーが生まれるとは限らない
(ただしウィリッグ p49)
コーディングじたいがカテゴリーによって覆われてしまう例→次スライド

「人、ロボットに会う」

・ 「起きあがる」「目が合う」?

ある学生の記述

・ AIBOが起き上がったのにXは驚いたが、そのあと顔をのぞきこみ、目が合い、お手をした。

既存のカテゴリーに基づくコーディングの有用性と罠

・ 「起き上がる」「驚く」「のぞきこむ」「目が合う」といったカテゴリーは研究者の目的・関心のありかを反映している。
・ 当事者は初めての動きを見た瞬間「起き上がるぞ」と判断できるのか?それはビデオを最後まで見た(jump ahead)した者の感覚ではないのか?


(映像による)シークエンス分析

・ 行為者を分ける。
・ 必要に応じて行動もモダリティごとに分ける(右手・頭などなど)。
・ 行動の連鎖を各ステップごとに考える。
・ 先走りJump aheadしない。
・ → 実際の分析

シークエンス分析でわかったこと(1)

・ AIBOが「起き上がる」という行動は、じつは二つのアクション・カテゴリーからなっていた:
A1: 前肢を引き上体を起こす
A2: 前肢を伸ばし上体を起こす

シークエンス分析でわかったこと(2)

・ 被験者の上体の引きは、A2の始まった直後に終わり、A2の最中には戻り始めている。(上体の戻りを「のぞきこみ」とカテゴライズするなら、それはA2の途中で始まっている。)
・ A2と被験者の「上体の戻り」が並行して起こることが「目が合う」という印象をもたらしている。
・ 行動は互い違いに起こるとは限らない。ひとつのできごと(たとえば相手の行動のオン/オフ)があれば次の手がかりをまたずに行動はスタートすることがある。

シークエンスに注目するには

・ 「相互行為」「やりとり」「コミュニケーション」 「協調行動」を観察するときには
いきなりカテゴリーに分ける前に・・・
各行動のオンとオフのタイミングに注意してみる。
タイミング間の前後関係に注意してみる。

応用例:「共同注意」を考える

・ 養育者・乳幼児・モノ間の視線について・・・
アイコンタクトはどちらから、どのように起こったか(オン)?いつ目が離れるか(オフ)
養育者・乳幼児のモノへの注視はいつ起こったか(オン)? いつ目が離れるか(オフ)?
モノへの注視のあとは?
それらは互い違いに起こるのか?並行して起こるのか?

カテゴリー化→コーディング→再カテゴリー化

・ 既存のカテゴリーとして見えてくる段階(カテゴリー化:「起き上がる」「目が合う」)
・ ばらばらな細かい動作として見えてくる段階(くわしいコーディング:シークエンス分析)
・ 細かい動作のあいだに有機的な前後関係が見えてくる段階(再カテゴリー化:)

行動の直接観察記録の長所(?)

・ 質問紙では質問項目にあらかじめカテゴリーが含まれていることが多い
・ 直接観察では、選択肢の選択ではなく、行動の生成を観察できる。
・ 直接観察のほうが、よりよく研究者を裏切る(再カテゴリー化を促す)

「聞き取り」に行動観察を応用する

・ 内容(何が語られたか)
・ 語られ方、語られる状況(どう語られたか)
・ 面接者による被面接者への「聞き取り」から、研究参加者間のインタラクション分析へ
・ →映像分析の必要性


実例:伝統芸能に関する「聞き取り」調査

・ 静岡県磐田郡水窪の「観音様のまつり」

現場観察じたいが促す再カテゴリー化

・ 現場の環境世界に埋め込まれている手がかり
(細馬 2003a)
・ 調査者も、コミュニケーションの参与者として、他の参加者の喚起する注意に導かれていく(「送り旗」の事例)
・ 繰り返し訪れることでカテゴリーがくつがえる
・ 自分と相手との行動評価を現場に投げ込むことがもたらす緊張感(現場でむなしくならないカテゴリ/評価とはなにか?)

「送り旗」

(二つの参照枠の混合する事例)
・ 土地の東西南北に従うジェスチャー参照枠と話者どうしが「旗」を共有するジェスチャー参照枠との混合

なぜ映像に撮るのか?

・ なぜ会話・ジェスチャー分析研究者は1分のビデオで4時間議論できるのか。
・ 行動の詳細のほとんどは観察から見逃される:人が無意識のあいだにおこす膨大な行動

なぜ映像に撮るのか?(2)

・ 語りによる個人の想起は、ことばとジェスチャーによる個人内・個人間相互作用の産物である (細馬 2004)
・ 空間的思考はジェスチャーによって表わされやすい (喜多2002, 細馬 2003b)

なぜシークエンス分析なのか?

・ 相互作用の時間的特徴
相互作用はミリ秒単位で起こる
相互作用は並行しておこる
・ ことの起こった順番や前後関係は、それだけですでに重要な質的情報
内容を個別に取り出すことはシークエンス情報を失うこと

しかし、映像データを解析するには時間がかかりすぎる

・ 映像データの解析ツールの必要性
・ そこで・・・

Gscriptの簡単な紹介

・ 映像の特定の範囲を指定して
・ メモをとる・トランスクリプトを書く
・ 会話分析・ジェスチャー分析・プロトコル分析・映像分析などなどに・・・

事例の探索における「妥当性」

・ 事例(映像)を取り上げることの「妥当性」
そもそも膨大なできごとの中からその事例(映像)を抽出して論じることに意味はあるのか?

同様の映像データをたくさん集める。

・ 映像データ「コレクション」を作る
パソコンに取り込んで管理する(各種取り込みソフト)*Macの場合ならiMovieの取り込みデータがそのままQuickTimeで読める。
大容量のHDに貯める
DVDでバックアップ

事例の探索における「妥当性」(2)

・ 研究者が、はじめから何が起こるか見通せないデータの方がrichでvalidがある。
1:修復しながらうまく行った例
2:うまくいかなかった例
3:うまく行った例

映像とアイディア(もしくは反省的省察)を結びつける方法

・ 個人内の対話ツールとして
メモをシステマティックにとる(ウィリッグ p50)ためのツール
・ 個人間の対話ツールとして
「プレゼンテーション」から
 映像とアイディアの共有へ

映像による多声的解析

・ ディスカッションという「現場」
・ 発表の聞き手を研究参加者として巻き込む:多声的研究
・ ディスカッション結果を書き留める
・ ディスカッション内容と行動映像とを結びつける (→GScript)

映像分析ツールは何を使えばいいか?

・ フリーウェアのソフトがWWWで入手できる。
・ 音声波形を見ながら映像情報を見る (Anvil, Wavesurfer)
・ 映像の切り取り情報を管理する (Mivurix by 荒川歩, GScript)

Wavesurfer

・ 映像と音声のリンク
・ 音声波形とトランスクリプションが対応
・ トランスクリプションのチャンネルを好きなだけ増やせる
・ テキストへの書き出し
・ 難点:書き込みはいまのところ英語のみ(Anvilは日本語使用可能)

GScript

・ データおこしの効率化に必要なショートカット機能(再生速度調節・繰り返し再生・巻き戻し後再生・入力支援など)
・ Excel(Gscript)、テキストデータ(GScriptLite)へのデータ書き込み
・ スクリプトに書いた部分の呼び出し機能。
・ 行動開始時刻・終了時刻を自動的に記録。行動長やギャップの計測に便利。


コーディングとプレゼンテーション

・ 詳細なコーディングを通して、それまで気づかなかったインタラクションに気づくことができる。
・ しかし・・・詳細なコーディングのほどこされたデータは読みにくい。
・ プレゼンテーションには映像や音声そのものを使い、研究者が口頭で再カテゴリー化を喚起する

方法に溺れないために

・ もちろん、理論を開発するのは、プログラムではない。ワード・プロセッサが論文を書くわけではないのと一緒だ。(フリック 1998)

参考文献

・ Willig, C (2001) Introducing Qualitative Research in Psychology: Adventures in Theory and Methods, Open University Press. ウィリッグ、上淵寿・大家まゆみ・小松孝至訳 (2003) 『心理学のための質的研究法入門ム創造的な探求に向けて』培風館
・ 西阪仰 1999 「会話分析の練習 −相互行為の資源としての言いよどみ」 好井裕明・山田富秋・西阪仰『会話分析への招待』世界思想社, pp.71-100.
・ 細馬宏通 (2002) 思考を漏らす身体 −ことばとジェスチャーの参照枠問題− 相互行為の民族誌的記述ム社会的文脈・認知過程・規則−  (研究課題番号11410086)平成11年度〜13年度科学研究費補助金(基礎研究(B)(1))研究成果報告書 149-162
・ 細馬宏通 (2003a) 祭礼空間を語ることばとジェスチャー --水窪町西浦田楽別当の語り--  人工知能学会研究会資料 SIG-SLUD 101-2(6/15) 47-51
・ 細馬宏通 (2003b) 対面会話におけるジェスチャーの空間参照枠と左右性 人工知能学会研究会資料 SIG-SLUD 101-2(6/15) 1-4
・ 細馬宏通 (2004) 対話における記憶の相互作用分析 - 情報受容者のことばとジェスチャーが果たす役割 - 人工知能学会研究会資料 SIG-SLUD-A303-09(3/5) 51-56
・ 細馬宏通 (近刊) 修復をとらえなおす -参照枠の修復における発話とジェスチャーの個体内・個体間相互作用- 『文と発話』ひつじ書房

参考URL

・ http://www.shc.usp.ac.jp/hosoma/jsdp15.html
(この講習会のレジュメ、関連リンク集など)